1985年9月13日、任天堂から発売された 『スーパーマリオブラザーズ』は、ビデオゲームの定義を根本から書き換えた。それまでのアクションゲームは「1画面内」で完結するものが主流だったが、本作は広大なステージを右方向へスムーズにスクロールさせる「冒険」の感覚を提示した。
宮本茂、手塚卓志らによって設計されたステージ構成は、プレイヤーが操作を自然に学べる「レベルデザイン」の教科書となった。BGM(近藤浩治)がアクションと同期する演出も画期的で、全世界で4,000万本以上を売り上げ、ファミコンを世界標準のハードウェアへと押し上げる決定打となった。
1986年、エニックス(現:スクウェア・エニックス)から発売された 『ドラゴンクエスト』は、当時パソコン向けで難解だったRPG(ロールプレイングゲーム)というジャンルを、子供でも遊べる形に再構築した。
堀井雄二(シナリオ・ゲームデザイン)、鳥山明(キャラクターデザイン)、すぎやまこういち(音楽)という異色かつ最強の布陣は、ゲームに「作家性」を持ち込んだ。コマンド選択式のバトル、経験値を溜めて成長するシステムは、「誰でも時間をかければクリアできる」という達成感を日本中に広めた。1988年の『ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』発売時には、ソフトを求めて行列を作る人々が社会問題(ドラクエ現象)にまで発展した。
1987年、倒産寸前だったスクウェア(現:スクウェア・エニックス)が社運を賭けて放ったのが 『ファイナルファンタジー』である。坂口博信らによるこの作品は、サイドビューの戦闘画面や、ドラマチックなストーリーテリング、美麗なグラフィック(天野喜孝)を特徴とした。
『ドラゴンクエスト』が「親しみやすさ」を追求したのに対し、『ファイナルファンタジー』はハードの限界に挑む「演出」と「世界観」を重視し、後のRPGにおける映像美競争の先駆けとなった。
ファミコンの周辺機器「ディスクシステム」の登場により、大容量のセーブデータ保持が可能となった。1986年の 『ゼルダの伝説』は、広大なフィールドを自由な順番で探索し、アイテムを駆使して謎を解く「アクションアドベンチャー」を確立した。
同時期の 『メトロイド』は、迷路のようなマップをパワーアップしながら探索する「メトロイドヴァニア」と呼ばれるジャンルの源流の一つとなった。これらの作品は、単なる反射神経のテストではない「知的な遊び」としてのゲームを提示した。
1980年代後半は、ゲーム内容が高度化・複雑化したことで、プレイヤーをガイドするゲーム専門誌(『ファミ通』『ファミリーコンピュータMagazine』など)が大きな影響力を持つようになった。
また、アーケードではセガが『ハングオン』や『アウトラン』などの 「体感ゲーム」をリリースし、家庭用では味わえない大型筐体の魅力を提示。一方で家庭用は、育成シミュレーション、サウンドノベル、スポーツなど、あらゆるジャンルの「プロトタイプ」がこの数年間に一斉に誕生するという、空前絶後のクリエイティブな成熟期を迎えた。